映画「グレン・ミラー物語」

物語は、トロンボーン奏者のグレン・ミラー(ジェームズ・スチュワート)が、ジャズバンドのトロンボーン奏者というだけでは満足できず、自らの楽団を組んで活躍するというものです。

以前見たときは、ロサンゼルスにケーブルカーがあったことを知らなかったころでした。そしてそれが再建される前だった。今回冒頭の質屋の場面で、後方に“エンジェル・フライト”と呼ばれるケーブル・カーが見え、わざわざロケしているところでもう感激してしまいました。←僕を感激させるなんてちょろいことです。なんで他の映画はそれを満たしてくれないのかなと思います。

そしてその質屋に、グレン・ミラーの親友でピアニストのチャミー(ヘンリー・モーガン)が登場したから、僕としてはここでプラス2となったわけです。それが鮮明なカラー撮影による映像です。もう文句なしです。ハリウッド定番のコミカルな恋愛劇に、“国のために志願する”という大義を並べられても、僕の心は“プラス3の法則”で針が振り切ってました。看護師 年収高額求人ナースサーチ

映画「勢揃い 大江戸六人衆」

冒頭、大名行列が“ボルガの舟歌”を歌いながら進むというあたりで、河内山宗俊とおもんが早口の関西弁をしゃべろうが何をしようが、なんでもありですよという看板を掲げられてしまうので、ぼんやりと笑えばいいだけの映画とテキトーにしていられます。

とりあえず天秤棒を担いで行商から戻った丑松が、どしんと荷物を置いた瞬間、ボロ長屋ががらがらと崩れるシーンには笑いました。でも、それを越える笑いはその後ついにありませんでした。

個人的には、前後したラジオの「お父さんはお人よし」あたりで茶の間の人気をさらう花菱・浪花コンビですから、そのテンポのよさで満足です。斎藤寅次郎にリチャード・レスターを求めても無駄です。とはいえ川島雄三の「シミキンのスポーツ王」よりは楽しめます。

花菱・浪花コンビの関西弁に伴淳が加わっての江戸を舞台にしたドラマという、どう考えても不自然な部分に目をつむれば、こういう物語に疎い僕であってもとんだところで北村大膳というセリフくらいは知っているわけで、そういうお約束の物語をパロってのドタバタそのものは楽しく出来ています。

映画「 世界にひとつのプレイブック」を見ました。

物語は、女房が別の男とシャワーを浴びている現場に帰ってきて暴力事件を起こした男パット(ブラドリー・クーパー)が、8か月病院で治療して法律上退院が許されます。しかし実は、薬をきちんとのんでいないし、父親はフットボールのノミ屋をやっているし、とてもまともな環境ではないです。

そして友人の紹介で、亭主を交通事故で亡くしたティファニー(ジェニファー・ローレンス)という女性を紹介されるが…という展開です。

結論から言います。面白くないです。

まず、パットが接近禁止令まで出されている女房に、なぜそこまで執着するのか描き足りない。キーポイントに説得力がなく、せいぜい“パットがおかしい”という程度。そこから物語を組み立てるという進行が僕には我慢できません。

次に、ティファニーがダンスに力を入れているらしいのですが、その相棒にパットを選ぶ理由が分からない。初対面からパットにほれたという設定と取れなくはないのですが、これまた著しく説得力のない進行です。さらにティファニーのダンス力をきちんと見せないので、ダンス大会への思い入れがピンとこないという難点もあります。

これは、最後のコンテストで“なかなかやるじゃないか”と思わせるためという意味は分かっていますが、そのために出し惜しみしていたのでは彼らがダンスに時間を割くことが空虚になります。

映画「19番目の妻」を見ました

モルモン教の一部原理主義には、まだ一夫多妻制を維持している集団があるそうです。

大学の名前にもなっているブリガム・ヤングという預言者の妻アンイライザが19世紀末に、それを批判する行動に出て、法律で禁止されているようですが、一部ではまだ残っているらしいです。そのアンイライザの本をクイーニーが読むという形で、劇中劇が進行したりします。

僕は宗教というものと無縁ですので、その原理などを考える気にはなりません。しかしもともと宗教が、自分の存在を考えるというあたりから出発していることには興味があります。とはいっても、哲学に興味があるというのと同程度の、せいぜい岩波新書から知識を得る行為に似ています。

預言者の言葉として、自分たちが信じる宗教を守るためには、同じ考えの人間を増やして自分たちの力をつけるしかない、という方向性が示されます。だから一夫多妻で子孫を増やす。できれば軍隊を持ちたいということです。この考え方は日本でも“産めよ増やせよ”という時代があったから、民族や血族として団結する集団には“常識的”な発想なのです。そもそも一夫一婦制が正しく一夫多妻(もしくは一妻多夫)が間違いだという考えがどこから出たのかを確認してからでないと、軽々に“間違い”と言ってはいけないなと思います。